驚き&努力の連続!夫婦で決めた一人目不妊治療チャレンジ

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結婚してタイミングよく一人目妊娠!そんな理想的な流れになると思っていた私の結婚生活でしたが、結婚して3年経ってもなかなか妊娠に至らず。私が治療を始めようと思い立ちそこから始まった約2年間の妊活・不妊治療体験をご紹介します。

いつから始めるかで悩む

結婚後夫の転勤を機に仕事を退職した私は、引っ越し後タイミングよく妊娠し子育てをしたいと考えていました。しかしなかなか妊娠には至らず、仕事を見つけ働き始めることに。ちょうどその時期世間では不妊治療というワードがテレビや雑誌で取りざたされており、自然と不妊治療に興味がわいていました。
しかし不妊治療に足を踏み入れるまで、私の中で葛藤が…。その当時まだ20代後半に入ったばかりで、年齢的にもまだいいのでは?金銭的に負担が多いのでは?でも不妊治療することが妊娠の近道なのかもしれない…などさまざまな思いが巡っていました。

夫との意思疎通が大切

不妊治療を始める最大のきっかけは夫との会話でした。夫は不妊治療に関して私よりもずいぶん前向きで、「やってみて損はないのでは?」と。夫からの言葉で私の気持ちは一気に前向きになり、自分のペースで治療を開始することにしました。この後私たちの不妊治療は数年にわたり続いていくのですが、夫は治療に関する情報収集、病院への同行や送り迎え、金銭面での計画などさまざまな面で前向きに取り組んでくれるなど、心強いサポートをしてくれたのです。
私は医師に言われた治療の内容や、今後のスケジュールなどは細かくメモを取り毎晩夫に報告。今どんな治療をしているのか、どんな負担があるのか、いくら治療にかかるのかなど夫婦で治療について話し意思疎通を取ることで、二人の不妊治療であることを実感していきました。

私のステップアップ

私はまず家の近場にあった産婦人科で、不妊の原因を探る初歩的な検査から開始しました。初歩的な検査というと、排卵日を正確に調べ確実な日に性交渉を行うタイミング法、卵管に詰まりがないかを調べる卵管造影検査、精子の状態を調べる精液検査などです。
産婦人科に通ったのは約4~5ヶ月。さすがに何の成果もでないことに焦りを感じ始め、本格的な不妊治療の病院に転院することを検討し始めました。病院は通院しやすく評判の良いところを受診することに。不妊治療を行っている友人や知人が当時周りにはおらず、一体どんな場所なのか、どんな空気感なのか分からず、不安と期待がいっぱいだったことを覚えています。

不妊治療の現実を知る

本格的な不妊治療専門病院では、常に大勢の人で待合室は混み合っていました。初診の申し込みをした際も、2ヶ月待ちと言われ驚いたほどです。世の中にはこんなにも大勢の人が前向きに取り組んでいる、そんな現実に私も「よし!」と気合いを入れ治療を開始。

専門医との診察はテンポの良さが印象的で、夫婦の現状を細かく調べ私たちに合った治療法を提案してくれました。やはり専門病院と一般の産婦人科は違う、最初からここに来るべきだったという思いを持ったことを今でも覚えています。そんな専門病院で私たちはまず人工授精からチャレンジ。約4ヶ月人工授精を実施しましたが、成果はなく次の段階にステップアップすることを医師に提案されました。この時点で私たちが不妊治療を開始して一年が経過しており、このタイミングで体外受精を開始することになったのでした。

人工授精と体外受精の大きな違いに驚き

人工授精と体外受精の大まかな違いは認知が進んでいると思いますが、女性にかかる負担については大きく異なります。不妊治療初心者の私はその点に驚きました。
体外受精は2度子宮に専門器具を挿入し、簡単な手術が実施されることになります。また、体外受精には念密な準備が必要で、状態の良い卵子作りから始まり、卵子の摘出、精子と卵子を授精させ培養、規定の段階を経て育った状態のよい受精卵のみを子宮内に戻すといった流れで約2ヶ月~3ヶ月をかけ薬の投与と共に進めていきます。この流れは順調に経過が進んだ場合であって、成熟した卵子が育たないことや、卵巣から卵子を摘出した後に卵巣が炎症を起こすことなどその都度アクシデントは起こり、人工授精とは違い時間がかかることもある治療方法でした。また体外受精を行っている期間中、薬の投与がポイントになっており細かく薬の種類を変えてコントロールしていきます。
私の受診していた病院では注射による薬の投与があり、この注射は自分で実施する自己注射というものでした。この自己注射は治療中に2種類あり、それぞれ腹部とお尻に打つもの。針の細い注射で痛みは軽いのですが、なにせ自分で打つということが大変!この自己注射は何度やっても慣れず、気の重い時間でした。

長い月日を経て一人目不妊治療が完結!

一人目の妊娠を考え始め、不妊治療を経て妊娠に至るまで約5年間の時間が経過していました。治療期間は山あり谷ありの連続で、決してスムーズに進んだ治療ではありません。しかしこの経験は、私の人生にとって何物にも代えがたい経験です。夫婦で悩み、落ち込み、喜んだ治療期間が、今でもしっかり夫婦の絆、家族の原点になっています。

担当ライター