妊娠と唐揚げと私

ひとつの食べ物執着する…妊娠あるある。「冬なのにすいかが食べたくて大変だった」「つわりで何も受け付けなかったのに、紅茶○伝のミルクティーのみOKだった」…そんな友人のエピソードを聞いていた私が妊娠中にとり付かれたものは…。

ある日、唐揚げの神が降りてきた

妊娠3ヶ月目に入ったある日、脳裏に唐揚げの図が鮮明に浮かび上がりました。付け合わせの千切りキャベツの緑とのコントラストが美しい黄金色に輝く美しい衣。今にもサクッという音が聞こえてきそうなカラっとした揚げ具合。「あ、唐揚げが食べたい」。心からそう思ったのです。当時、広島駅の近くで平日午前のみ医療関係のパートをしていた私。患者さんの応対や、先生と話をしていても「唐揚げを食べたい」という考えが頭の中を支配し、最終的には「私、絶対唐揚げを食べないといけない気がする」と強迫観念に似たような気分にすらなっていました。

そうなったらいてもたっても居られません。とにかく1分でも1秒でも早く、唐揚げを食べなければ、職場から一番近い唐揚げが食べられる店はどこだ、とそのことばかり考えるのです。これぞまさに神の啓示に違いない。いや、違うけど。

待ちに待った午前の診療終了時間。私は疾風の如く更衣室に向かい、秒の早さで着替え、職場を後にしました。あぁ、待っててね…愛しの唐揚げ。瞳を閉じて、君を思っていました。今、会いに行きます。とりあえず、職場から徒歩3分のところにある定食屋に駆け込み、席に座るやいなや、メニュー表を手に取ることもなく、お水を運んでくれた店員さんの目をしっかりと見つめて私はこう言いました。

「唐揚げ定食、ひとつください」。今思い出してもあのときの私のオーダーの仕方はちょっとカッコよかった。

待つこと数分、唐揚げ定食を運んできた店員さんが眩しすぎて私は真っ直ぐに見つめることができませんでした。「もしかしたら、この店員さんは死にそうになった釈迦にお粥をあげた、スジャータの生まれ変わりかもしれない」そんな風にすら感じてました。いや、絶対違うけど。

おしぼりで手をふく時間ももどかしく、テーブルに唐揚げ定食がおかれるやいなや、私は唐揚げを1個箸で掴み、口にしました。

「!!」

唐揚げって…こんなにおいしかった?カリッとした軽快な音と歯触りからワンテンポ遅れてやってくるお肉の弾力、じゅわっと弾けるように口の中に飛び散る肉汁。咀嚼を繰り返すごとに、生姜と醤油、そしてお肉の味わいが三位一体となり、その香ばしいかおりが鼻孔を通り抜けるのです。そう、あの日あのとき、私の中に唐揚げの神様が降りて来たのです。

美味しい唐揚げを求めて三千里

それから、私の頭の中は唐揚げばかり。朝起きて、「さぁ、朝ごはんに唐揚げ作らなきゃ」。お昼の仕事が終わったら「さぁ、今日はどこの唐揚げ定食食べに行こうかな」。夕方には「さぁ、晩御飯に唐揚げ作らなきゃ」。寝る前に「さぁ、明日の朝の唐揚げの下ごしらえしとかなきゃ」。

毎日3食唐揚げ、なんならおやつも唐揚げでもいいくらい。職場周辺の唐揚げ定食は、すべて食べつくしたと言っても過言ではありませんでした。

そんな唐揚げにとりつかれた妻を見た主人が、ある朝、私にこんな提案をしてきました。

「今日の夜、外食しようか。おいしい唐揚げが食べられるお店があるから」。

あのときの感動は忘れません。「あぁ、この人と結婚してよかった」と心から思える瞬間でした。

その日は一日ウキウキ。夜においしい唐揚げが食べられるとなったら、仕事にも力が入るってものです。間違いなくその日の私は輝いていました。

そしていよいよ夜。美味しい唐揚げにできるだけの礼を尽くそうと、ドレスアップしてそのお店を尋ねました。そこはとてもおしゃれな居酒屋さん。サラダや1品料理、オリジナルのソフトドリンクそのどれもがおいしく、私は主人に感謝する反面「こいつ、いつこんなおいしいお店に来てたんだよ」とイラッともしていました。

そして、いよいよメインの唐揚げ登場。お店オリジナルの唐揚げ、いったいどれだけオシャレでデリシャスなものなのでしょう。「お待たせしました」との声と共にテーブルに運ばれる唐揚げ。私は目を閉じ、心を落ち着かせ、そっと目を開いてみました。

「………。」

テーブルの中央に鎮座するのは、まごうことなき唐揚げ。そう、唐揚げ。…なんですが、思ってたんと違う。唐揚げの上にたっぷりとチリソースがかかっているのです。

「このチリソースがうまいんよ。ほら、いつも同じ唐揚げばかりだと、飽きるでしょ?たまには違うのも食べないと…」

え?ちょっと言ってる意味が分かんないんですけど。私は、胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じました。

「違う。これは唐揚げじゃない。こんな、ソースが上にかかっていたら、衣のサクサク感が失われる…。それに、これじゃあ唐揚げの味がチリソースの味に負けてしまう!口の中にはチリソースしか残らない!」

そう熱弁をふるいながら、涙で視界がにじんできます。
「お前、誰やねん…」

涙でゆがんだ視界の向こうから主人の声が聞こえてきました。

そして今、娘の好物は…

毎日毎日飽きもせず唐揚げを食べながら、ふと不安になることもありました。

「私、このままずっと唐揚げ好きなんかな…。今はまだ身軽だから唐揚げ好きなときに揚げられるけど、赤ちゃん生まれたら、毎日揚げものできる暇、あるかな…。」

私と唐揚げの蜜月は、ずっと続くと思っていました。しかし、別れというものは、ある日突然やってきます。そう、何の予兆も予感もなく、突然に。

大したトラブルもなく、順調な妊娠生活を終え、無事に娘を出産した私は、それと同時に唐揚げへの熱意がキレイさっぱり跡形もなく消えてしまったのです。

あれだけ唐揚げに執着していた日々がウソみたいに、唐揚げに見向きもしなくなった私。あれはいったい何だったのか。もともとそんなに揚げ物が好物、というわけではなかったので、あの妊娠期間中に一生分の唐揚げを食べつくした、といっても過言ではないでしょう。

そして時は立ち、2018年7月現在小学1年生の娘。娘の好物は、そう、唐揚げ。それこそ1日3食唐揚げでも平気なくらい、唐揚げに夢中です。

「身体の神秘」「命の不思議」とよく言います。「卵が先かニワトリが先か」ではありませんが、私が妊娠中に唐揚げばかり食べていたから娘が唐揚げ好きになったのか、唐揚げ好きの娘がお腹にいたから私が唐揚げにとり付かれたのか…。その答えは永遠にわかりません。ただ、唐揚げを見ると目の色を変えて食らいつく娘の姿を見るたびに、身体の神秘や命の不思議について思いを馳せずにはいられないのです。

そして、あれだけ私を魅了した鶏肉は、贅肉と言う名に姿を変えて、今も私のすぐそばで、ほほ笑んでいるのです(涙)。

ありがとう、唐揚げ

それにしても、フルーツとかアイスとか、もっと女子力の高い食べ物がとり付いてくれなかったものか、と思うこともありますが…おいしかったしいいか。妊娠中はお世話になりました。ありがとう、唐揚げ。

担当ライター