我が子が対面した「永遠の別れ」。親として思うこと

生きとし生けるものには、必ず命が尽きるときがきます。「生」と同じだけあるもの、それが「死」。小さな子どもは、それをどう受け止め、どのように感じるのでしょうか。我が子の体験を通して感じたことを綴ってみました。

子どもの胸に芽生えた疑問

思えばその年は、立て続けに悲しい別れが訪れる年でした。長い闘病生活の末亡くなった伯父、不慮の事故で亡くなった従兄弟…。相次ぐ訃報に意気消沈し、広島と私の生まれ故郷である兵庫を行き来して、バタバタと忙しく過ごす私や主人の姿を横目に、当時幼稚園の年長だった娘は普段と変わらぬ毎日を過ごしていました。「まだ、死というものの認識がないのかもしれないから、これでいいのかもしれない」そんな風に思って、あえて娘に死というものについて話すこともなく、やがて日常が戻りました。

ある日の夜のことです。いつものように寝る前の絵本を読み終わっても、娘が一向に眠る気配がありません。じっと私の顔を見つめて、私の手を握ってくるのです。

「どうしたの?」と聞くと、娘の目にはみるみる涙があふれてきました。

「かーか、いつか死むの?じっちゃんもばっちゃんも、とーとも、死むの?みんな死んじゃったら、ひとりぼっちになったら、どうすればいいの?」

突然の質問にびっくりして、一瞬言葉を失いました。今まで自分とは関わらないところにあったはずの「死」というものが、突然目の前に訪れてとまどったのでしょうか。最初は見て見ぬふりをしようとしていた心の中の不安が、どうやら大きくなってしまったようです。

「うん、かーかも、とーとも、いつか死ぬ」

私は優しく娘の頭を撫でながら答えました。

「でも、死んだらいなくなる、っていうのとは違う。ずっと心の中にいるし、死んだらまた違う世界で、君のことを見守ってるよ。それに、まだまだ死なない。まだ、君と一緒にいたいから、死ねない」

残念ながら、私自身が「死」というものに対する考え方が曖昧であるため、このようなその場しのぎの回答が精いっぱい。しかし、そんな私の言葉に安心して目を閉じてくれた娘。私は少し罪悪感を覚えました。

虹の橋を渡ったルーシーちゃん

同じ時期、幼稚園でみんなに愛され、可愛がられていたニワトリのルーシーちゃんが亡くなった、と園からのお便りが届きました。娘はルーシーちゃんが大好きでした。「ルーシーちゃんね、クローバーが好きでクローバーあげたら食べるんよ」と、いつも目を輝かせて話していた娘。さぞや悲しかったことだろうと思いきや、本人は案外あっさりしており、拍子抜けしたのを覚えています。

「今日ね、ルーシーちゃんの絵をみんなで描いたんよ。ルーシーちゃん、虹の橋を渡って神様のところへ行ったんだって。だからね、ルーシーちゃんの横に虹の橋を描いたんよ」そういって見せてくれた絵には、ニワトリと虹の絵、そしてその横に犬が2匹。

「この犬なあに?」

と聞くと

「これはね、パルとハヤト。パルとハヤトも虹の橋を渡ったところにいるでしょう?だから、ルーシーちゃんと仲良くしてね、って言う気持ちで描いたの」

パルとハヤトとは昔私が実家で飼っていた犬の名前。娘が生まれる前に2匹とも死んでしまいましたが、写真を見たり私や私の父母から思い出話を聞いたりしており、娘は「私も会いたかったな」とことあるごとに口にしていました。

幼稚園で、ルーシーちゃんの死について、死というものについて、どのような説明がなされたのかは娘の口から聞くことは叶っていません。ただ、幼稚園に行ってもルーシーちゃんはいない、という事実はしっかりと受け止めているように思えました。

私たちに訪れる2通りの悲しみ

私は、悲しみには2通りあると思っています。ひとつは時が癒してくれる、いつの日か忘れることができる悲しみ。もうひとつは、ずっと抱えていかなければならない悲しみ。「近しい人の死」によって訪れる悲しみは明らかに後者で、その悲しみとどう向き合い、どう折り合いをつけていくのかがその後の人生の課題となります。

自分自身が何度も胸が千切れそうな想いを経験しているからこそ、娘がこれからこの悲しみに対面し、自分の力で乗り越えなければならない日が来るのかと思うと、やりきれない気持ちになります。

その悲しみを経験するからこそ人は強く優しくなれる、なんて偉そうなことは言えませんし、娘には悲しみの少ない人生を歩んでほしい、というのが親としての本音です。

まだ若い命が悪意ある他人によって奪われる事件や、自らその命の炎を消してしまうつらいニュースを見聞きするたび、亡くなった人の冥福を祈るとともに、我が子が今生きているということが奇跡なのだと痛感します。「死」を認識するからこそ実感する命の重み、尊さ。そして我が子が今、目の前で笑ってくれているという幸せ。娘が元気で成長してくれることに感謝するとともに、娘のためにいつまでも元気でいたい、と思う毎日です。

自分も他人も大切に

「死んだらどうなるの?」。子どもに聞かれたらドキッとしてしまう質問のひとつ。私自身、いまだに納得する答えは見つかりません。ただ、私の生き方を見て娘には自分も他人も大切にできる子どもに育ってほしいと願っています。

担当ライター