ありがたや…出産・子育てにおける夫の神対応エピソード

夫との結婚を決めたその最大の理由は、「彼がとても優しい人だから」でした。そんな優しい夫は、出産の際や子育て中においても、自身の持てる優しさを最大限発揮してくれます。今回は私の夫の神対応について、いくつかご紹介させてください。決してノロケではありませんよ!

それは深夜2時半の電話からはじまった!夫のハードな1日

妊娠38週目の深夜2時半を過ぎた頃。目が覚めて寝ぼけた頭でトイレに行こうと考えた私は、体を起こしたその瞬間、下腹部に違和感を覚えました。じわりと温かいものが染み出してきて、嫌な予感がしました。破水してしまったのです。

第一子の出産は実家からほど近い産院を予約しており、妊娠後期の期間を実家で過ごしていた私は、すぐさま東京で暮らしている夫に電話をかけました。当時、夫の職場は多忙を極めており、職場に泊まり込み、夜通し仕事をする日も珍しくはありませんでしたが、幸いこの日は自宅で寝る準備をしていたところだったようです。今まさに寝ようとしている夫に、容赦なく私は宣言しました。「破水したから今から産院に行くね。いつ赤ちゃんが生まれるかも分からないから、準備をよろしく!」

電話を切った後、私は母とタクシーで産院へ。朝まで病室のベッドで睡眠をとっていました。一方夫はというと、睡眠をとることなく福岡へ行く準備をし、福岡行きの飛行機のチケットを手配。さらに急きょ休むことになった職場への引き継ぎのメールを作成して、朝を迎えたのでした。

食べたいって言っていたから…好物を携えて産院に現れる

夫が産院に到着したのは翌日の午前中のことでした。前日は早朝から深夜まで働き、夜も寝ないまま始発の電車で空港に向かい、飛行機に乗ったそうです。飛行機のフライト時間にわずかな睡眠をとった夫。そして福岡の地下鉄とJRとタクシーを乗り継ぎ、病院へと駆けつけてくれました。

そんな夫の手には、自身の着替えなどが入ったカバンとは別に、なにやら紙袋が。「これ、食べたいって言っていたから買ってきたよ。」なんと、私が1か月前ほどに食べたいとぼやいていた有名なパン屋さんのパンを、電車を途中下車して、わざわざ買ってきてくれたのでした。

福岡に里帰りしてからの約2ヶ月間、切迫流産のため自宅で寝たきりの生活を送っていた私は、かねてより夫に、出産の前に福岡グルメの食べおさめができないことを愚痴っていました。そんな私のためにと、私が食べたがっていたものの中から、早朝から購入ができる商品がないものか、寝る間を惜しんで調べたそうです。パンも、夫の気持ちもありがたくいただきました。

陣痛は夫婦二人三脚で!約6 時間腰をさすり続ける

私の陣痛が始まったのは、夫が病院に到着してからまもなくしてからです。病室には夫以外に母がおり、はじめは母が私の腰をさすっていました。子宮口が1センチ程度しか開いていないにも関わらず、あまりにも大声を出して痛がる私。見かねた助産師さんから「お母さんがいると、娘さんは甘えてしまうからお産が進みません。」と、母は自宅に帰るように言われたのです。

ここからは母に代わり、夫が休むことなく私の腰をさすり続けます。夫は陣痛の合間に、トイレに2回程行っただけで、私が分娩室に入るまでの約6時間、手をほとんど休めることなく腰をさすり、励まし続けてくれました。私には、同じことをしろと言われても到底できません。ただただ、夫には感謝するばかりです。

その後、息子が生まれたのは夜の10時過ぎでした。分娩室から出てきた私にねぎらいの言葉をかけた夫が、私の両親とともに私の実家に着いたのは、深夜0時前。「やれやれ、やっと眠れる…」ほっとした夫に、初孫の誕生でハイになった私の父が言いました。「まさか、もう寝るつもりじゃないよな!?今夜は飲むぞ!祝杯だ!!」

たまには息抜きしておいで…週末に息子の面倒を見てくれる

夫は、とても子煩悩な人です。息子のことをとても可愛がってくれて、普段から子育てにも積極的に関わってくれています。

夫は仕事の帰りが遅く、朝も早くに家を出るためほぼワンオペで育児をしていた私。息子が1歳半を過ぎた頃、自我が芽生え始めた息子の相手をするのに、私がまいっているのを見かねた夫が、「1人でちょっとお出かけしてきてもいいよ」と提案してくれました。

息子といっしょのお出かけの時には身につけていなかった腕時計やアクセサリーを久しぶりにつけ、息子のオムツや飲み物が入っていないカバンを持って出かけます。息子をだっこすることなく、ベビーカーも押さずに身軽に移動ができる。これらは子どもが産まれる前まで当たり前のことでしたが、どれも久しぶりのことでとても嬉しく思いました。今でも週末には時々お1人様の時間をもらい、息抜きさせてもらっています。

2人目の妊娠にして初めての洗礼!3か月におよぶ夫の奮闘

私は現在、2人目となる赤ちゃんを妊娠しています。つわりのピークを抜け出すまでの約3ヶ月もの間、私はほぼ寝たきりの生活をしていました。息子の相手をすることもままならず、料理は電子レンジで温めるのがやっと。スーパーに買い物に行くことなど到底できず、ただただつわりと戦う辛い日々でした。そんな私に代わり、家事と育児をほぼ夫が担当してくれたのです。

朝は息子が幼稚園に持っていくお弁当を作り、息子の朝食を準備してから出勤。仕事を早く切り上げ、買い物後帰宅し、息子をお風呂に入れて寝かしつけた後、翌日の晩御飯のおかずを作ります。週末には私が1人で休めるようにと、息子を連れて外出してくれました。

食事に至っては、息子の好物を中心に、毎日3品~4品の手作りおかずを作ってくれた夫。料理も3か月目になると、魚をさばくこともお手の物になっていました。

第一子である息子の妊娠が判る前に、東京に転勤となった夫。当時広島で働いていた私はすぐに転勤ができず、第一子の妊娠期間中は、いっしょに生活をすることができませんでした。夫は今回の妊娠で、初めて私のつわりの大変さを目の当たりにしたのですが、毎日私を気遣い、奮闘してくれました。

出産も子育ても、夫の支えによって夫婦や家族の絆が強くなった

夫の献身的とも言える支えによって、息子の出産の際には夫婦の絆が、そして子育て中は家族の絆が強くなりました。これからも夫と力を合わせて育児をはじめ、毎日頑張っていきたいと思います。

担当ライター